硬膜移植後CJDの感染源
硬膜移植後CJDにはひとつの謎がありました。それは患者さんのプリオン蛋白遺伝子配列は同一(コドン129の正常多型はM/Mで遺伝子変異なし)であるにもかかわらず、臨床病理像が全く異なる2つのグループに分かれることでした。硬膜移植後CJDは脳外科手術の際に、CJDプリオンで汚染されたヒト死体由来乾燥硬膜の移植を受けてプリオン病に感染する医原性の病気です。感染源となった硬膜はドイツで作られたものですが、全世界の症例の約3分の2を占める140人以上の患者さんが日本でこの病気に罹りました。そのうち68%が非プラーク型、32%がプラーク型とよばれるグループだと報告されています(
文献1)。

硬膜移植後CJDはどうしてこのように2つのグループに分かれるのでしょうか。われわれはその理由について、これら2つのグループでは感染源となったCJDプリオンの株が違うのではないかと仮説を立てました。非プラーク型は臨床病理像が孤発性CJD-MM1やMV1とよく似ることから、感染源はこれらのCJDプリオン株であると容易に想像がつきます。しかし一方、プラーク型はコドン129M/Mの遺伝子型であるにもかかわらず脳内に多数のアミロイド斑を伴い、なおかつ蓄積する異常型プリオン蛋白がタイプ1とタイプ2の中間(intermediate)にあたるタイプi
であるという非常に変わった特徴を示します。このような特徴を示す症例は孤発性CJDには存在しません(
文献2,3)。
そこでまずわれわれはプラーク型の感染性プロファイルを調べました。使用したのはコドン129の各遺伝子型のヒトプリオン蛋白を発現する遺伝子改変マウスです。するとプラーク型はV/Vマウスに対して強い感染性を示すことが分かりました。同様に、孤発性CJDの各プリオン株の感染性プロファイルを調べたところ、VV2、MV2K、MV2K+Cがプラーク型と同じ感染性を示すことが明らかになりました(
文献3,4,5)。
われわれはVV2、MV2K、MV2K+Cがプラーク型の感染源となったのではないかと考え、これらの孤発性CJDプリオン株を接種したM/Mマウスでプラーク型の硬膜移植後CJDの病型が再現されるのかを検証しました。すると予想通り、これらのマウスでは脳内に多数のアミロイド斑が形成されることが分かりました。さらにプラーク型の患者さんでみられたのと同じタイプi
の異常型プリオン蛋白が蓄積していることも明らかになりました。
以上の結果から、プラーク型の硬膜移植後CJDは孤発性CJD-VV2、MV2K、MV2K+Cがコドン129M/Mの遺伝子型の人に感染したことにより引き起こされた病気であることが明らかになりました。感染源の硬膜が採取されたヨーロッパではVV2、MV2K、MV2K+Cが孤発性CJD全体の約30%を占めるという事実も、プラーク型が硬膜移植後CJD全体の32%を占めるというデータと符号しています(
文献1)。コドン129M/Mの孤発性CJDではタイプi 異常型プリオン蛋白は決して蓄積しないことから、今後コドン129M/Mの遺伝子型でタイプi 異常型プリオン蛋白の蓄積を伴う患者さんが現れた場合には、すぐに感染性のプリオン病を疑う必要があります。
硬膜移植後CJDには感染源のCJDプリオン株が異なる2つのグループが存在します。非プラーク型は孤発性CJD-MM1/MV1由来、プラーク型は孤発性CJD-VV2, MV2K, MV2K+C由来です。コドン129M/Mの遺伝子型の人におけるタイプi 異常型プリオン蛋白の蓄積は、孤発性CJD-VV2, MV2K, MV2K+Cからのプリオン感染を強く示唆する証拠となります。
参考文献
- Yamada M, Noguchi-Shinohara M, Hamaguchi T et al. Dura mater graft-associated
Creutzfeldt-Jakob disease in Japan: Clinicopathological and molecular characterization
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