孤発性CJD-MV2の新分類
孤発性CJDの病型分類において最も複雑なのはMV2とよばれるグループです。孤発性CJDの病型はプリオン蛋白遺伝子コドン129にある正常多型(メチオニン(M)あるいはバリン(V))と脳内に蓄積する異常型プリオン蛋白のタイプ(タイプ1あるいは2)によって決まります(
プリオン病についてのページ参照)。そのため、このコドン129の遺伝子型と異常型プリオン蛋白のタイプの組み合わせにより孤発性CJDは当初6つのグループ(MM1, MV1,
VV1, MM2, MV2, VV2)に分類されました(ただしMM1とMV1は同じ臨床病理像を示し、またMM2には大脳皮質病変が主体の皮質型(MM2C)と視床病変が主体の視床型(MM2T)とが存在します)(
文献1)。
MV2は孤発性CJD全体の11%を占めますが、臨床病理像が均一ではないことから、後に病理像に基づいてMV2を3つのサブグループに分類することが提唱されました(
文献2,3)。多数のクールー斑形成を伴うクールー斑型(MV2K)、MM2C様の大脳皮質病変(大型の融合性空胞とその周囲への異常型プリオン蛋白沈着)が主体の皮質型(MV2C)、そして両者の合併型(MV2K+C)です。これらの多様な臨床病理像に加え、MV2でみられる異常型プリオン蛋白は典型的なタイプ2の異常型プリオン蛋白と比べて電気泳動パターンが異なることも明らかになってきました(
文献4)。しかし、MV2ではどうしてこのような多様性がみられるのでしょうか、その理由については明らかにされていませんでした。
われわれはMV2の病理発生メカニズムを解明するために、まずMV2の異常型プリオン蛋白の生化学的性質を調べました。すると、MV2KとMV2K+C症例の脳内にはタイプ2の異常型プリオン蛋白に加え、少し分子量の大きな異常型プリオン蛋白も含まれていることが明らかになりました(タイプ1と2のちょうど中間(intermediate)の分子量を示すことから、タイプi
と呼びます)(
文献5)。一方、MV2C症例の脳内にはタイプ2の異常型プリオン蛋白しか含まれておらず、病理組織学的にも生化学的にもMV2CはMM2Cと類似することが分かりました。

次にわれわれはヒトプリオン蛋白を発現する遺伝子改変マウスを用いて、MV2の感染実験をおこないました。すると、MV2KとMV2K+Cはまったく同じ感染性プロファイルを示すことが明らかになりました。発病までの潜伏期間、病変、蓄積する異常型プリオン蛋白、いずれにおいてもMV2KとMV2K+Cの間に差はみられなかったのです。MV2K+C症例の脳では顕著だったMV2Cの特徴病変(融合性空胞と空胞周囲性プリオン蛋白沈着)は感染マウスの脳ではみられなくなっていました。
ここで複雑なMV2の病理発生についてわれわれは次のような仮説を立てました:MV2Kの起源はコドン129Vのプリオン蛋白が異常化してタイプ2異常型プリオン蛋白となったもの(V2異常型プリオン蛋白)で、一方、MV2K+Cの起源は129Mのプリオン蛋白が異常化してタイプ2皮質型異常型プリオン蛋白となったもの(M2C異常型プリオン蛋白)とV2異常型プリオン蛋白の両方なのではないか。
この仮説を検証するため、まずわれわれはMV2Kのモデルとして、コドン129M/Vヘテロ接合の遺伝子改変マウスの脳内にV2異常型プリオン蛋白を接種しました。すると、このマウスの脳にはMV2K症例のように多数のクールー斑が形成され、さらにタイプi とタイプ2異常型プリオン蛋白の混在も再現されました。同じくV2異常型プリオン蛋白を接種したM/Mマウスではタイプi のみが、V/Vマウスではタイプ2のみが蓄積したことから、MV2Kモデルマウスでは129Mのプリオン蛋白からMi異常型プリオン蛋白がつくられ、129Vのプリオン蛋白からV2異常型プリオン蛋白がつくられることが示唆されました。

次に、われわれはMV2K+CにはM2C異常型プリオン蛋白が含まれるにもかかわらずマウスへの感染実験ではMV2Kとの間に差がみられなかった理由を明らかにするために、M2C異常型プリオン蛋白の感染実験をおこないました。その結果、M2C異常型プリオン蛋白はわれわれのヒト化遺伝子改変マウスに感染性を示さないことが分かりました。MV2K+C症例の脳にはMiとV2異常型プリオン蛋白に加えM2C異常型プリオン蛋白が含まれており、特徴的な大脳皮質病変を形成していたにもかかわらず、感染実験でその病変を伝達できなかったのはM2C異常型プリオン蛋白がマウスへの感染性をもたなかったからなのです。
これら一連の研究から、3つのMV2サブグループはそれぞれ起源となった(最初に形成された)異常型プリオン蛋白の株の違いを反映して異なる異常型プリオン蛋白株を含んでいることが明らかになりました。これまでタイプ2と混同されてきたタイプi+2異常型プリオン蛋白はMV2KとMV2K+Cの最も重要な特徴であることから、今後はこの特徴に基づいてMV2症例を分類する必要があると考えられます。
孤発性CJD-MV2は最初にどの異常型プリオン蛋白株が形成されるかにより、異なる異常型プリオン蛋白株の蓄積と異なる臨床病理像を示します。タイプi+2異常型プリオン蛋白は他の孤発性CJDにはみられないMV2KとMV2K+Cの際立った特徴であり、単純なタイプ2とは明確に区別する必要があります。タイプi
異常型プリオン蛋白とクールー斑は小脳(とくに顆粒細胞層)に豊富にみられることから、MV2症例を適切に診断するためには小脳の検索が非常に重要になります。
参考文献
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