プリオン病とは
プリオン蛋白はおよそ230個のアミノ酸から成る蛋白質で、すべての人が持っています。特に脳や脊髄などの神経系に多く存在しますが、生理機能はまだはっきりとは分かっていません。この正常型プリオン蛋白は立体構造変化を起こして、感染性をもつ異常型プリオン蛋白になることがあります。プリオン病とはこの異常型プリオン蛋白が脳内に蓄積することによって引き起こされる一群の病気です。プリオン病には歴史的に別々の病気と考えられていた、クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)、ゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群(GSS)、致死性家族性不眠症(FFI)などが含まれます。
プリオン病の原因別分類
プリオン病はプリオン蛋白異常化の原因によって3つに分けられます(
文献1,2)。

(1) 感染性プリオン病は異常型プリオン蛋白の感染によって起きるもので、これにはプリオン病患者由来の硬膜を移植されて感染する硬膜移植後CJDやウシのプリオン病である牛海綿状脳症の伝播による変異型CJDなどが含まれます。
(2) 遺伝性プリオン病はプリオン蛋白遺伝子に生まれつき遺伝子変異があるためにプリオン蛋白が異常化しやすくなって引き起こされます。GSS、FFI、遺伝性CJDがこれにあたります。遺伝性プリオン病を引き起こす遺伝子変異は多数知られています(
文献1-3)。ただし、遺伝子変異をもつからといって全ての人がプリオン病になるわけではなく、それぞれの遺伝子変異ごとに病気の起こりやすさが異なる点には注意が必要です。

(3) 孤発性プリオン病はプリオン蛋白異常化の原因が分かっていないグループで、ヒトのプリオン病の8割近くを占めます。唯一知られている孤発性プリオン病の危険因子は加齢ですが、どうして加齢とともに異常型プリオン蛋白が脳にたまり始めるのか、そのメカニズムはまったく分かっていません。孤発性プリオン病のほぼ全てが孤発性CJDです。
孤発性CJDの分類
孤発性CJDには多様な病型がみられますが、それらはプリオン蛋白遺伝子の遺伝子型と脳内の異常型プリオン蛋白のタイプによって決まることが分かっています。
プリオン蛋白遺伝子の遺伝子型
プリオン蛋白遺伝子のコドン129とコドン219には正常多型があり、人によってその遺伝子型は異なります(
文献4-6)。コドン129にはメチオニン(M)とバリン(V)の多型がみられ、M/M、M/V、V/Vいずれかの遺伝子型をとります。下のグラフに示すように日本人と欧米人では各遺伝子型の比率が異なっています。コドン219は日本人を含むアジア系の人にみられるグルタミン酸(E)とリジン(K)の多型で、日本人ではE/Eホモ接合の遺伝子型が9割近く、E/Kヘテロ接合が1割強となっています(欧米人はほぼすべてE/Eホモ接合です)。コドン129あるいはコドン219においてヘテロ接合(129M/Vあるいは219E/K)の人はホモ接合の人よりもプリオン病に罹りにくいことが分かっています(
文献6,7)。
異常型プリオン蛋白のタイプ
異常型プリオン蛋白を蛋白分解酵素で処理するとN末端側の数十個のアミノ酸は分解されますが、それより後ろ側の部分は分解されずに残ります。孤発性CJDでみられる異常型プリオン蛋白には大きく分けて2種類の分解パターンが知られています。82番目のアミノ酸の前後まで分解される異常型プリオン蛋白をタイプ1、97番目のアミノ酸の前後までが分解される異常型プリオン蛋白をタイプ2といいます。
孤発性CJDの各グループの比率と特徴
孤発性CJDは上記のプリオン蛋白遺伝子コドン129の遺伝子型と異常型プリオン蛋白のタイプの組み合わせに基づいて当初6つのグループ(MM1,MV1,VV1,MM2,MV2,VV2)に分類されました。ただし、MM1とMV1は同じ臨床病理像を示し、MM2には大脳皮質病変が主体のMM2皮質型(MM2C)と視床病変が主体のMM2視床型(MM2T)が存在します(
文献5)。その後、MV2がより細分化されたほか、上記の合併型などもみつかり、現在では以下のようなグループに分類されています(
文献2,8)。
- MM1, MV1: かつては古典的CJDとも呼ばれていたCJDに典型的な病型を示すグループ。急速に進行する認知症、ミオクローヌス、脳波検査におけるPSDなどが特徴的。神経病理検査では脳内にシナプス型のプリオン蛋白沈着がみられる。
- MM2C, MV2C: 臨床経過が長く、脳波検査でPSDはほぼみられない。神経病理検査では大型の融合性空胞と空胞周囲性プリオン蛋白沈着がみられる。MM2の中には大脳皮質病変が中心の皮質型(C)と視床病変が中心の視床型(T)とが含まれるためアルファベットの頭文字をつけて両者を区別する。
- MM2T: 不眠、精神症状が目立ち、臨床経過は長い。脳波検査でPSDはほぼみられない。神経病理検査では視床と延髄下オリーブ核の変性がみられる。異常型プリオン蛋白の沈着量は少ない。
- MV2K: 臨床経過は長く、進行性の認知症と失調症状がみられる。脳波検査でPSDはほぼみられない。神経病理検査ではkuru斑とよばれる斑状のプリオン蛋白沈着が特徴的で、アルファベットの頭文字をつけてMV2Cと区別する。
- VV2: 発症時に失調症状がみられることが多く、脳波検査でPSDはほぼみられない。神経病理検査では神経細胞周囲性のプリオン蛋白沈着と小型の斑状沈着がみられる。
- その他: VV1は非常にまれ。上記の合併型 (例 MM1+2Cなど)もしばしばみられる。
プリオン蛋白遺伝子検査は遺伝性プリオン病なのか孤発性プリオン病なのかを鑑別し、遺伝性であればどの遺伝子変異によるのかを明らかにするために必要不可欠な検査です。さらに、孤発性CJDの中ではどのグループにあたるのか、病気の今後の経過がどうなるかを予測する上でも重要になります。正確な病型分類のためには、遺伝子検査に加えて脳組織のウェスタンブロット解析と病理組織検査が必要になります。
参考文献
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